コリア国際研究所
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デノミ失敗で新たな危機を迎えた金正日体制

2010.2.13
コリア国際研究所所長 朴斗鎮

 北朝鮮はいま統制経済復活と住民資金収奪を狙ったデノミの失敗で大きく揺れている。
  われわれは、2009年を振り返って次のように予想した。
  「危機を回避するための2009年一年間を通じた金正日政権の国民に対する締め付けは、近い将来必ずその反動を呼ぶだろう。その時、周辺国が今までのような「延命策」を取らず金正日政権に正しく対処すれば、金正日政権は、崩壊か改革開放かの二者択一を迫られるに違いない。」
  この予想が2ヶ月もたたないで現実化の方向に進んでいる。「金正日政権」対「市場」の戦いがこれほど早く決着が着くとは予想していなかった。金正日政権の統治基盤は想像以上に弱体化していたようだ。

1、意外に早かったデノミ政策の破綻

 北朝鮮政府のデノミは住民の生活と直結していた「市場」から真っ先に反撃を受けている。それは市場統制が2ヶ月も持たずに撤回されたことに現れた。背景には、内部の供給システム崩壊で社会混乱と民心の動揺が深刻化したことがあるようだ。「統制経済秩序の復元」という目標の下で始まったデノミは、住民の生活を悪化させたばかりか、一部の地域では1月中旬から餓死者が発生したとの話まで伝えられている。

失敗した市場の統制

 北朝鮮の内部消息筋によれば、北朝鮮政府は最近、総合市場での物品の取引に対する統制を撤回したようだ。2月1日以後各地域での市場統制が緩んでいるという。
  デノミの直後、北朝鮮政府は旧貨幤の回収と新貨幤の迅速な流通を狙って、物品の市場での取引を全面統制した。食糧は「収買商店」で、生活必需品は「国営商店」で供給する計画であったが、それがうまくいかなかった。収買商店では、米1kgを40ウォン台で購入して20ウォン台で販売するという原則が立てられたが、米を持っていた人たちは収買商店を徹底的に無視したという。
  昨年、北朝鮮の穀物の作況は平年以下(411万トン―韓国推算)だったようだが、協同農場の農場員たちに対する食糧の分配は、2000年以後最高を記録した。地域ごとに違いはあるが、米やとうもろこしを混ぜて農場員の家庭1世帯当り最大で400kg程度、現物で支給されたようだ。
  だが、協同農場や農場員は保有していた食糧を収買商店に販売しなかった。市場を統制したため、米の個人取引価格が1kg当り400ウォン台まで暴騰したからだ。これでは政府が決めた「40ウォン台」で収買商店に売る訳がない。
  農場員たちは現物支給以外に、去年1年間の賃金として最大15万ウォンから最低1万6千ウォンの現金をもらうという恩恵まで受けたために、食糧価格の暴騰を傍観していたというのが内部消息筋の話だ。
  昨年12月末に発表された北朝鮮人民保安省(警察庁)の「外貨使用禁止布告文」も、食糧の流通を悪化させた。
  外貨の使用が厳しく統制され、中朝国境地域の密貿易ルートを通じた中国産の食糧の搬入が大きく減り、食糧の卸売りを主導していた人たちの取引も大きく減った。北朝鮮の食糧問屋たちは主に、ドルや人民元で決済していたからだ。
  こうした「市場」の抵抗によって、勤労者の支持を得ようとした「賃金100倍政策」はすでに破綻の憂き目を見ている。12月に一部労働者に支給された「月給3000ウォン」は、デノミ直後では計算上米100kg以上を買える購買力をもっていたが、わずか2ヶ月で12kg程度しか買うことができないまでに暴落した。「月給だけでは到底暮らすことができない世の中」が2ヶ月でまたやって来たのである。

市場容認と引き換えに国定価格を施行

 北朝鮮は2月4日午後3時に、全国で国定価格を公示した。内部消息筋が5日、デイリーNKとの通話で、「北朝鮮政府がこの日午後、全国の市場の入口に布告文を張り出して、100種類の商品の国定価格を発表した」と伝えて来た。施行は5日からだという。
  布告文には、「国定価格で販売しなかったら、国家が品物を全て没収する」という内容もあるという。市場統制に失敗したために一歩後退して国定価格で統制してみようというのだろう。北朝鮮が今回布告した国定価格の品目は、100種類ある。米やとうもろこしも含まれているため、食糧の市場での取引を事実上全面的に許可したと思われる。
  為替レートも発表された。北朝鮮政府が公式に発表した為替レートは1ドル400ウォン、1人民元が58.8ウォンである。北朝鮮政府が固定相場制を提示したのは、外貨使用禁止政策をあきらめたことを意味するのではないかという推測も出ている。
  北朝鮮政府が布告した国定価格は
  食糧関係では
  米が240ウォン、とうもろこしが130ウォン、豚肉が700ウォン、豆が160ウォン、食用油が600ウォン、りんごが250ウォン、卵が21ウォンだ。
  工業生産品では
  歯ブラシが25ウォン、歯磨き粉が50ウォン、洗顔せっけんが50ウォン、洗濯せっけんが25ウォン、運動靴が500ウォン、ティッシュが50ウォン、学習帳が25〜55ウォン、ライターが70ウォン、靴が1300ウォン、懐中電灯が500ウォン、乾電池が100ウォンだ。
  衣類関係では
  子供服が1500ウォン、子供用の綿の服が5000ウォン、靴下が350ウォンだという。
  だが、新貨幣の価値下落速度が速く、国定価格と市場価格の差が大きいため、販売者の混乱が続いており、この布告文はほとんど機能していないという。
  2月初現在、北朝鮮の市場では米が350ウォン、とうもろこしが180ウォンで取り引きされている。米の値段は国定価格と市場の価格との間に100ウォンの差がある。食用油や豚肉も、市場では1000ウォンで取り引きされている。
  消息筋は、「販売者たちは国定価格で販売する振りはしているが、実際は市場価格で取り引きしている」と話している。

幹部の更迭と首相の謝罪

 デノミ失敗の責任を問う形で、朝鮮労働党の朴南基 (パク・ナムギ) 計画財政部長(76)が解任されたという。朴部長は昨年12月まで金正日総書記が経済視察に出かける際には常に同行していた人物だ。彼は1月に入り突然姿を消した。北京の外交関係者の間では「デノミ後に物価が暴騰し、社会不安が深刻化したことを受け、スケープゴートとして朴部長を処分した」との話が飛び交っている。北朝鮮は1995年から96年にかけての大洪水と食糧難で300万人の餓死者を出した時もソ・グァンヒ農業担当秘書を「米帝のスパイ」にでっち上げ平壌市民の前で公開処刑した。
  北朝鮮政府はスケープゴートとして朴部長を差し出しただけでなく、金英逸(キム・ヨンイル)首相が平壌市人民委員会主要幹部会議で、デノミ後の物価高騰や人民生活の混乱について謝罪したという。北朝鮮の人道支援に取り組む韓国の市民団体「良き友達」が9日、機関紙で伝えた。
  また、この機関紙によると、北朝鮮貿易省は食糧難が深刻な中、各貿易会社に対し、「何が何でも食糧を輸入せよ」と指示したという。「先月27日、内閣と貿易省の職員が食糧事情について会議を開いたが、2月から食糧を確保できない貿易会社が1社も出ないようにせよ、という強力な指示を下した」とのことだ。
  こうしたこともあってか北朝鮮の経済関連部署の長らが次々と入れ替わっている
  「金総書記の資金」を16年にわたり管理していた金東雲(キム・ドンウン)39号室長(75)も最近解任され、チョン・イルチュン副室長と交代したという。金東雲氏の交代については「昨年12月に欧州連合(EU)の制裁リストに名指しされ、スイスなどにある金総書記の海外資金の管理が難しくなったためではないか」との観測もある。

2、金正日体制は新たな危機段階を迎えた

 1990年代後半に「配給制」が崩壊することで始まった北朝鮮体制の危機は、2009年11月30日に公布したデノミの失敗で新たな段階を迎えている。
  1990年代の危機は「先軍政治」を生み出し北朝鮮の人々に「苦難の行軍」を強要したが、その体制は300万人を餓死させながらも米・韓の「宥和政策」によって崩壊をまぬかれた。韓国に亡命した黄長Y元書記はその頃を振り返り、米国と韓国の太陽政策政権が支援していなかったら金正日体制は5年も持たなかったと述懐している。
  生き延びた金正日政権は、「先軍政治」を謳い、それを強化して体制の矛盾を先延ばししてきたが、体制の根幹を支えてきた「配給制」は復活させることができなかった。生活必需品の供給は「市場」という統制外経済で行なわれ「首領独裁体制」を侵食し始めた。一般の住民は「首領さまのおかげ」で生活するのではなく、自己の「才覚」と「お金」によって生活を維持した。
  「市場」の拡大に伴う「ビジネス」の発生は、人々の頭から首領に対する「忠実性」を奪っただけでなく、その洗脳の効果も減退させた。また住民統制の根幹であった各単位の「組織生活」を瓦解させていった。ビジネスに精を出す人々や生活の糧を求める人々は行動をがんじがらめにする「組織生活」を「ワイロ」でもって買い取った。
  2002年の7・1措置は、有名無実化した統制価格を現実価格にサヤ寄せすることで、物流を「国営商店」や「収買商店(食糧配給の拠点)に戻すことを狙ったものだ。しかし、2002年9月の「金正日拉致謝罪」によって日朝国交回復がふっ飛び、予定していた日本からのモノとカネが入らなくなることで、逆に「市場経済」を拡大する結果をもたらした。多くの北朝鮮専門家はこの措置を「改革開放政策」と解釈しているが、モノとカネの供給が当て外れになったことで北朝鮮政府が「市場経済」の拡大を黙認せざるを得なかっただけである
  金正日政権は、その後も統制経済に戻すために必死となった。2005年10月には「配給制の復活」を宣言したが、それは2006年3月には早くも破綻した。2009年1月には「総合市場」を10日ごとに開かれる農民市場に切り替え、国営商店を復活させようとしたがこれもまた失敗に終わった。そして今回、昨年11月のデノミの実施にあわせて全国の「総合市場」の閉鎖を強行することで大きな混乱をもたらし、2010年2月に入って仕方なく市場の取引を許可する羽目となったのである。
  1990年代後半以降続いた「市場」対「首領独裁」の戦いは結局「市場」の」勝利で決着がついたようだ。これで金正日がもくろむ2012年の「強盛大国」は実現不可能となったと見てよいだろう。北朝鮮の変化は意外と早くやってくるかもしれない。
  黄長Y元書記は今回の事態を見守りながら「95〜98年の苦難の行軍当時、北朝鮮社会は建築に使われる起重機すらも解体する麻痺状態に陥った。(金正日体制は)5年も持たないであろうと推察された。当時は朝中関係も相当悪かったからだ。それなのに韓米両国はその機会を逃した。
  苦難の行軍当時、唯一完全な状態で残っていたのは稼動が止まった軍需工場だった。だが「死に体」だった北朝鮮は、韓米の対応ミスで二度目も生き返えった(一度目は朝鮮戦争)。現在デノミによる混乱の様子をみると「今またその時(苦難の行軍当時)の状況が再現されているようだ」と指摘し、「今度こそチャンスを逃してはならない」と強調した。

3、2012年「強盛大国」実現は不可能

 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は2月1日、「われわれの勝利を固く信ずる」との政論で、金正日総書記が、「わが人民がいまだにトウモロコシを主食にしているということに、最も心が痛む」と語ったと報じた。
  同紙によると、金総書記は「今わたしがすべきことは、世界で最も優秀なわが人民に白いご飯を食べさせ、小麦粉で作ったパンやカルグクス(韓国風うどん)を心ゆくまで味わわせることだ」と話したという。なお、同総書記は1月9日にも、「(人民に)白いご飯と肉のスープを食べさせなければならないという、首領様(故・金日成〈キム・イルソン〉主席)の遺訓を守れていない」との金総書記発言を報じている。
  このコメントは「北朝鮮が韓国をはじめとした国際社会の支援を得るため、経済難を強調しているという見方も出ているが、デノミ失敗による人民の反発を和らげる彼特有の欺瞞策である可能性が高い。彼の「謝罪」の裏には常に魂胆が潜んでいるからだ。
  デノミの失敗で2012年の「強盛大国」実現はほぼ実現不可能となった。当初から実現は難しいとされてきたが、意外に早く結論が出たようだ。金正日政権は、デノミ失敗の収拾に成功するとしても1〜2年はかかるだろう。しかし、今回のデノミ実行過程とその失敗で、北朝鮮が統制経済に戻れないことが明確となった。この意味するところは大きい。
  2012年になっても北朝鮮住民に米のご飯を食べさせられず、今の貧困状態を解決できなければ、金正日政権は最大の危機に直面するだろう。今回のデノミ失敗はその予兆と見ることもできる。そうだとしたら今年2010年は金正日にとって正念場の年となる可能性が高い。
  米国、韓国、日本をはじめとした周辺国が国連決議1874をしっかりと遵守し、金正日政権の脅迫と悪行に代価を与えなければ、北朝鮮に大きな変化が訪れる日は意外と早いかもしれない。

 
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