コリア国際研究所
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金正日の権威を高めたクリントン訪朝

2009.8.8
コリア国際研究所所長 朴斗鎮

 北朝鮮の人質外交による8月4日から5日にかけてのクリントン元大統領の電撃訪朝は、北朝鮮にとって大きな贈り物となった。それは何よりも金正日国防委員長の権威を高めたからである。北朝鮮の首領独裁体制を強化するにおいて、最も重要な最優先課題は首領の権威を高めることであるが、今回のクリントン元大統領の訪朝は、見事にその役割を果たした。
 米国のオバマ政権は、「今回の訪朝は私的なもので、核やミサイル問題とは関係のない北朝鮮に拘留された二人の女記者救出のためのものである」としているが、北朝鮮のメディアは、米国の元大統領が謝罪に来たと報じ、金正日の偉大性宣伝に活用している。また両国の関心事を幅広く議論したとして、彼らが主張する「米朝二国間協議」が始まったとの捉え方をしている。
 いま、北朝鮮にとって、外国のメディアがいかように報道しようがそれは関係のないことである。150日戦闘を進める中で、北朝鮮国民に「(金正日)将軍様さえ信じれば必ず勝利する」という「信念」を強く植えつけることが重要なのだ。長距離弾道ミサイルを試射しても、核実験を強行しても結局「将軍様の思い通りに世界が動いている」ということを信じ込ませればよいのである。それが2012年の「強盛大国」実現へと国民を動員する推進力となるのだ。
 北朝鮮が国際的孤立と統治力低下で焦燥感をにじませていた時だけに、女性記者二人の奪還で米国が北朝鮮に与えた代価は大きい。北朝鮮に一息入れる余裕を与えたからだ。

1、クリントン元大統領を大歓迎した北朝鮮

 米国からの「贈り物」が北朝鮮にとっていかに喜ばしいものであったかは、その歓迎ぶりと金正日国防委員長の笑顔に示された。そして米国が「民間人の私的な訪問」と位置づけたクリントン元大統領は、オバマ大統領の「特使」として待遇された。それは出迎えに出た北朝鮮側の顔ぶれや、会談に臨んだ要人の顔ぶれ、そして迎賓館である百花園での晩餐会に出席した面々を見れば明らかだ。

米朝会談のはじまりを示唆する陣容

 最高人民会議副委員長の楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)と、核交渉の担当者である外務次官の金桂寛、局長の李垠など対米交渉の中心人物が飛行場で出迎えた。
 クリントン元米大統領と金委員長の会談(4日)に同席した面々からも北朝鮮が今回の会談をどのように位置づけたかが読み取れる。金委員長は対米外交の司令塔としての第1外務次官姜錫柱、それを党から指揮する統一戦線事業部部長の金養健を同席させたが、この陣容は単なる人質の引渡し交渉ではない。まさに米朝二国間協議そのものだった。
 一方米国側からはオバマ大統領当選後の政権移行チーム長を務めた米進歩センターのポデスタ所長、デービッド・ストラウブ元国務省韓国課長(韓国語に精通しており、02年10月にケリー国務次官補の訪朝に同行)、駐韓国米国大使館のクォン・ミンジ氏などが同行した。クォン氏は昨年5月、北朝鮮の核申告資料を受け取るため訪朝したソン・キム米国防省対北朝鮮特使に同行している。民間の訪朝団と称しているが米国側もオバマ政権につながる人たちが顔をそろえている。
 クリントン元大統領のための同日の夕食会には、北朝鮮最高権力機関である国防委員会が主催し、「最高の格式を備えた」百花園迎賓館で催された。この夕食会には北朝鮮側から金委員長をはじめ、崔泰福(チェ・テボク)最高人民会議議長、金基南(キム・ギナム)朝鮮労働党書記、金養健党部長、禹東則(ウ・ドンチュク、国家安全保衛部第一副部長)国防委員、姜錫柱第1外務次官、金桂寛外務次官などが同席した。
 こうした両国の陣容を見たとき、この会談が米朝二国間協議のはじまりと「誤解」されても仕方あるまい。北朝鮮の宣伝メディアが、金正日・クリントン会談を、「朝米間の懸案を虚心坦懐に深く話し合った」と伝えたのは、この「誤解」を既成事実化しようとするところに狙いがある。事実今回の会談で金委員長が踏み込んだ構想に言及した可能性もある。

北朝鮮が得たもの、米国が得たもの

 北朝鮮は、スクープ記事目的で国境を越えてきた単なる国境侵犯に対して、12年の労働教化刑という重刑を課し、それを政治的な人質として利用するなりふりかまわない外交を展開した。そこまで北朝鮮が追い詰められていたと考えられる。
 ではこうした汚い人質外交で北朝鮮が得ようとしたものは何か?
 それは@金正日の権威強化でありA疑心暗鬼をかもし出すことによる米韓日連携の分断でありB国際的孤立からの脱出でありC米朝二国交渉への足がかりであるといえる。

 特に米朝二国交渉は、現在の苦境から脱出するために北朝鮮がなんとしてでも勝ち取りたい外交目標だ。北朝鮮がかたくなに6カ国協議を拒否している理由もそこにある。金委員長がクリントン元大統領を仲介役として、オバマ大統領に米朝二国間協議開催のメッセージを送った可能性は高い。
 しかし米国に執着するあまり北朝鮮が失ったものもある。それは韓国国民の心だ。北朝鮮は今回、米国人女性記者に対しては意図的に国境を越えてきたにもかかわらず、最終的には釈放した。しかし偶然のアクシデントで航路を見失った韓国の漁師たちに対しては一週間が過ぎても未だに釈放しようとしていない。さらに北朝鮮は、開城工業団地勤務の現代峨山社員ユ某さんに対しては、逮捕した理由さえも明らかにしないまま4カ月以上抑留している。米国人女性記者たちはホテルに滞在させて家族との電話まで許したが、ユさんに関してはどのように過ごしているのかさえも明らかにしていない。
 同じ人質とはいえ米国人は特別待遇で、同じ民族の韓国人に対してはその人間性までも踏みにじっている。これが北朝鮮の「民族どうし」の本質である。6日、これまで北朝鮮批判を差し控えていた韓国民主党のイ・ガンネ院内代表までもこうした北朝鮮の対応を全面的に批判した。
 では一方米国が得たものは何か?
 それは、金正日の健康状態および統治能力の情報と現在の彼の考えであろう。今回クリントン元大統領は、金国防委員長から北朝鮮の核武装、テポドン2号ミサイルの発射実験、国連安全保障理事会の制裁決議1874号に対する反応などについて直接話を聞いたと思われる。さまざまな情報が乱舞する中、元大統領とその関係者が金正日と三時間に渡って会談した情報は貴重だ。
 金委員長が昨年夏から健康異常の症状を示した後、金委員長と直接会った米政府関係者としてはクリントン元大統領が最高クラスだ。クリントン元大統領は会談で、金委員長の健康状態や判断能力を細かく観察しただろう。現在米国は金委員長の死後、北朝鮮情勢が急変する事態に備え対策を準備しているが、クリントン元大統領が金委員長の健康状態に対する報告を行えば、そうした対策にも変化をもたらす可能性がある。

2、クリントン訪朝に対する米国政府の弁明

 しかし今回の訪朝は、一つ間違えばせっかく強固になり始めた米韓日の結束を乱しかねない。そういう危険性をはらんでいるからこそ米国政府は「弁明」に躍起となっている。

スピード外交で疑惑を払拭

 韓国などでは、今回の訪朝を機に核問題が米朝だけで協議されるようになるのではとの懸念がある。ジョン・ボルトン元国連米大使も米紙への寄稿で、テロリストとの人質解放交渉に元大統領を送り込むのは「政治的に身代金を払う」のに等しいと批判した。イランが米国人旅行者3人を拘束していることに言及し、「クリントン氏はイランにもお辞儀をしに行くのか」と皮肉っている。
 こうした視線を意識して、クリントン元大統領による北朝鮮電撃訪問は、滞在が24時間にも満たない「スピード外交」となった。そこには、あくまで拘束中の女性記者解放が目的であり、核問題を米朝間だけで取引しないことを関係国に明示する意図がある。またクリントン政権時の2000年10月、オルブライト国務長官(当時)が平壌に3日間滞在し、金委員長とともにマスゲームを観覧して米国で批判を受けた過去の教訓もある。
 米高官によれば、オバマ大統領はクリントン元大統領の訪朝を承認したものの、(1)米政府職員を同行させない(2)民間のチャーター機を使用する(3)記者の釈放以外は交渉権限を与えない−との線引きをあらかじめ示した(産経2009.8.5 20:59)という。
 クリントン元大統領が平壌を出発した正確な時刻は不明だが、朝鮮中央通信は5日午前8時15分ごろ既に帰国の途に就いたと報じた。韓国の聯合ニュースなどによると、平壌の順安空港に到着したのは前日4日の午前10時48分だった。

米国は北朝鮮側発表をことごとく否定

 会談内容が発表されない中で米朝の説明は大きく食い違っている。米国側は北朝鮮の会談内容発表についてことごとく否定した。
 北朝鮮メディアはクリントン元大統領が「オバマ大統領の口頭メッセージを丁重に伝えた」と報じたのに対し、ホワイトハウスはこれを全面否定している。米国がこれまで強調してきた北朝鮮の「後戻りできない非核化」措置がまだ実現されていない中で、もしもオバマ大統領がクリントン元大統領に北朝鮮へのメッセージを託したのであれば、北朝鮮の誤った行動に補償を与えるも同じこととなるからだ。
 また北朝鮮メディアは「共和国に不法侵入した米国の2記者が関与した敵対行為について、クリントン氏は金正日国防委員長に陳謝した」と報道した。これに対しても米政府高官は、クリントン氏は記者の行動について北朝鮮側に謝罪はしていないと言明。記者を解放した場合に起こり得る「建設的なこと(米国との緊張緩和につながる見通しなど)」についてのみ北朝鮮側に伝えたとしている。
 そして北朝鮮メディアは、クリントン元大統領と「両国の関心事を幅広く討議した」としたが、米政府は「女性記者の釈放」に関する権限以外は与えられていないと言明し、北朝鮮側の報道を否定した。元大統領の平壌到着後、ギブズ大統領報道官が「(訪朝は)私的な活動」との談話を発表したことも、元大統領による身柄引き取り交渉と、政権の重要課題である北朝鮮の非核化問題に一線を引く狙いからだ。

3、当面の焦点は、北朝鮮の6ヵ国協議復帰問題

 今回の訪朝について、北朝鮮に人脈を持つリチャードソン・ニューメキシコ州知事(民主党)は、「交渉で核問題には触れなかっただろうが、今後の米朝協議に向けたプロセスにはなった」と述べ、実質的には身柄交渉の延長線上に米朝協議の展望が開けるとの見方を示した。
 これに対し、大統領経験者が訪朝したことでは「北の政治宣伝に利用されただけ、との非難が保守の側から当然出てくる」(ジョージタウン大のビクター・チャ教授)など批判的な声も強い。米ヘリテージ財団のクリンナー研究員は、記者の釈放が「(核開発の停止を求めた)国連決議の履行を免除するものではないことをオバマ政権は明確にすべきだ」と、米朝協議への慎重な対応を求めている(産経2009.8.5 19:47)。
 米国が今回のクリントン訪朝を「人質解放」のための「民間人の行動」と主張するならば、核放棄に応じない北朝鮮に対して今後も引き続き「制裁と無視」を続ける必要がある。当面は北朝鮮の主張する米朝二国間協議を最後まで拒否し、「後戻りできない北朝鮮の非核化」のための6ヵ国協議復帰の主張を続けなければならない。
 今後を展望する上で8月5日付朝鮮日報社説の次の指摘は示唆的だ。
 『率直に言えば、クリントン元大統領の訪朝というニュースに接した多くの人々は戸惑い、米国に「裏切られた」という思いを抱いたことだろう。だが、今回の出来事は、国際政治を動かす原動力となるものが、単に自国の利益の追求にすぎない、という現実を知らしめる一つの事例でしかない。われわれは一喜一憂するのではなく、もう少し冷徹かつ現実的に状況を見守る必要がある。米国が最も恐れているのは、北朝鮮の核が、米国を敵視しているテロリストたちの手に渡ることだ。米国にとってはその危険を取り除くことこそが最優先の課題であり、そうした米国の国益と韓国の立場が衝突した場合、米国がどのような道を選ぶかは、今さら述べることもないだろう。
 クリントン元大統領の訪朝は、国連を通じた対北朝鮮制裁措置の限界をはっきりと示した。北朝鮮の核問題のように、韓国の運命にかかわる問題に関して、国連の権能に幻想を抱くのは禁物だ。中国の存在がある限り、北朝鮮に対する制裁も意味はなく、だからといって戦争によって北朝鮮を屈服させることも不可能だ(中略)
 カーター元大統領が訪朝した当時、金日成(キム・イルソン)主席は「われわれには核開発の意思も能力もない」と述べた。だがその12年後、北朝鮮は核実験を行った。94年当時、米朝両国の交渉で米国側の代表を務めたロバート・ガルーチ氏は「完全にだまされた」と語った。クリントン元大統領の訪朝がその二の舞にならないかどうか、韓国はその動向を開かれた姿勢で、なおかつ冷徹に見守っていくべきだ』。

 
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