コリア国際研究所
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【コラム】 危惧される「横田めぐみさん問題」の韓国化

2006.5.14
コリア国際研究所所長 朴斗鎮

韓国の李鍾ソク(イ・ジョンソク)統一相は5月3日、マスコミ関係者の団体・ェ勲クラブ(金昌基総務)の討論会で、北朝鮮の日本人拉致問題について「金正日総書記が拉致の告白までして(解決へ向けて)アプローチしたことについて、日本では評価がやや過小化されているのではないか」と述べ、北朝鮮側の事情も考慮したうえで粘り強く解決を探るべきだとの考えを示した。
 また統一相は、横田めぐみさんの夫とされる韓国人拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さんの家族に会うため訪韓を計画している横田滋さんについて「会う必要があるとは思わない」と述べ、面会しない考えも示した。 「内在的接近法」なる詭弁論理で「金正日独裁支持」を明確にする韓国統一相・李鍾ソクならではの発言だ。
 日本人拉致被害者に対するこうした見解は、韓国統一相・李鍾?の個人的見解というよりは韓国政府の立場と見てよいだろう。勿論この露骨な親北朝鮮発言は「独島(日本名竹島)問題」に対する韓国国民の反日世論を背負ってのものであることはいうまでもない。
 第18回南北閣僚会談で、李鍾ソクが「拉致問題を提起し、横田めぐみさんの夫と見られている金英男氏に対する問題も提起した」として、日本の一部メディアは「韓・日政府の連帯」に期待を寄せたが、それがいかに甘い期待であったかが今回証明された。

危惧されるストーリー

こうした韓国統一相の北朝鮮寄りの発言から、われわれは一つのストーリーを危惧している。それは南北協調による「日本人拉致問題」の沈静化である。そのポイントは金英男氏問題の取り扱いだ。
金英男氏に関する情報は、韓国の拉北者家族団体が、中国で北朝鮮の高官から入手したとしている。しかしその高官がいかなる人物かはいまだに定かでない。
われわれの北朝鮮に対する理解では、自身の身の危険だけでなく家族と一族の危険をも顧みず、北朝鮮の最高機密に属するこうした情報を流す「高官」がいることは驚きである。それがどうした動機からかはわからないが非常に珍しい人物であることは間違いない。
この高官が「善人」であることを願ってやまないのであるが、しかし現時点では、この「高官」が北朝鮮の「意図する情報」をリークしたのではとの疑いも拭い去ることは出来ない。もしもこの高官が北朝鮮当局の指示でこの情報を流していたとしたら北朝鮮の次のような企みが心配される。
それはまず「横田めぐみさん問題」を「金英男氏問題」にすりかえることである。
北朝鮮は、金正日の「日本人拉致謝罪」にも関わらず、ますます広がる日本の「反金正日世論」に頭を痛めており、その核心が「横田めぐみさん問題」であり、めぐみさんを取り返そうとする横田夫妻の原則的な闘いであることを十分に承知している。すなわち「日本人拉致問題」の沈静化は「横田めぐみさん問題」の沈静化であると考えているのである。だからこそ日本に返した蓮池さんをはじめとした「拉致家族」にも「横田めぐみさん情報」だけを話すように指示した。だが、日本国民に欺瞞策をことごとく見破られてきた北朝鮮は打つ手がない段階まできている。
こうした状況下で、金正日がこの問題を世論の厳しい日本から韓国へ移そうと考えても不思議はない。横田めぐみさんの夫が金英男さんであるとしたら、彼を問題の中心に据えることで「横田めぐみさん問題」の「韓国化」は可能となるからだ。勿論この件で韓国政府が北朝鮮側に立つことは計算済みだ。そして韓国との協調で金英男氏を操れば、「横田めぐみさん問題」を沈静化できると踏んでいるのである。「横田めぐみさんの偽骨」で、日本のDNA鑑定にあれほど噛みついた北朝鮮が、今回の金英男氏のDNA鑑定にはやけに静かである。このことを見ても「横田めぐみさん問題」を「金英男氏問題」にすりかえる北朝鮮の思惑が浮かび上がる。
この企みが成功すれば、次に北朝鮮が狙うのは拉致問題を離散家族問題にすりかえることであろう。それは今回の第18回南北閣僚会談における共同報道文で「拉致」という文言が使われなかったことからも推測できる。共同報道文の6項目では「南北は戦争時期とそれ以降に消息がわからなくなった人たちの問題を実質的に解決するため、協力することにした」と記しただけだ。この表現はまさしく拉致被害者の離散家族化である。そしてこの解決に「莫大な」インセンティブまで付け加えた。拉致という認識ならば「現状回復」が原則であり、身代金まがいの「インセンティブ」付与は行わないはずだ。南北間では拉致問題の離散家族問題化への枠組みは着々と進んでいる。
こうした枠組みの中で、さらに金英男氏本人の口から、拉致以外の理由(たとえば海水浴でおぼれかかったときに助けられたなど)をあげさせ、自分は拉致されて北朝鮮に渡ったのではないと発言させれば、「金英男氏拉致問題」をも「離散家族問題」とすることは十分に可能である。そうなれば、家族との面会も「離散家族」としての面会となり、それは北朝鮮のどこか、例えば金剛山などでの面会でお茶をにごすことができる。
そればかりか、北朝鮮の統制下で金英男氏を韓国の家族に会わせ「めぐみさんは亡くなった」と発言させれば「めぐみさんは生きている」と信じてやまない日本の世論に冷や水を浴びせることもできる。それはまた「めぐみさん死亡」を主張してきた北朝鮮の「正しさ」を裏付ける「証拠」にもなる。
南北の協調でこうしたストーリーが成功し、日本人拉致問題の沈静化が実現すれば、そのまま朝日国交正常化交渉再開へと突き進む可能性は高い。朝日国交正常化は、金正日政権が熱望しているだけでなく、太陽政策を推し進める韓国政府も熱望しているからだ。また「横田めぐみさん死亡説」を定着させることができれば、日本政府の中に存在する「朝日国交正常化促進派」にも追い風となるだろう。こうした環境が整えば、北朝鮮が新たな調査で探し出したとして、若干の拉致被害者の引渡しを日本側に提示するかも知れない。そこに「よど号犯」の引渡しを含める可能性もある。これで「拉致問題の政治決着」環境は整うことになりはしないだろうか。

韓・日の拉致家族とそれを支援するNGOは原則を守り団結しなければならない。

もしも以上のような企みを南北協調で仕掛けられれば、日本の拉致家族と支援者にとっては最悪である。こうしたストーリーの想定が杞憂であることを願うばかりだが、謀略と犯罪行為と脅迫で国家を維持している金正日政権を考えた時、また今回の李鍾ソク統一相の発言を考慮した時、ありえないこととして片付けることは出来ない。
しかし金正日政権と韓国政府がいくら協調路線をとったとしても、韓国の拉致家族とその支援者たちが「拉致問題」解決での原則的な立場を貫き、日本の拉致被害者家族やその支援者たちと連帯すれば、正しい解決の道は開かれる。問題は金正日の術数と韓国政府の無原則な方針に惑わされないことである。
金正日との対決では「謝罪」と「現状回復」という原則を貫いている横田夫妻の闘いから学ぶべきものは多い。夫妻の30年近い闘いの中にこそ金正日との闘い方のエッセンスがある。
横田滋さんが今月15日に訪韓し、金英男さんの家族と会うことになっているが、この機会に韓国の拉致者家族と支援組織は一致団結して金正日との闘いに立ち上がるべきであろう。そして韓国政府が日本政府と協力して原則的解決にあたれるよう韓日連帯のしっかりとした絆を構築しなければならない。

 
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