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金正恩体制発足半年の北朝鮮状況

北朝鮮研究室
2012.7.2

 2012年上半期の北朝鮮は、昨年末の金正日の急死によって空白となった最高指導者の権力空白を埋める事に終始した。
 準備不足の後継者金正恩を最高指導者として据える為には、まず、3代世襲後継を正当化する作業を進めなければならなかった。しかし、3代世襲を正当化するだけの論理も業績も準備されていなかったために「金正日の遺訓」という「問答無用」の方式で権力を継承した。
 「遺訓」で金正恩を「最高領導者」に仕立て上げた後の作業は、それを合法化するセレモニー、すなわち朝鮮労働党第4回代表者会と最高人民会議第12期第5回会議において、金正恩に「党第1書記」と「国防委員会第1委員長」の冠を載せることだった。
 しかしこのセレモニーに「偉大さ」の証として花を添えるはずだった「長距離ミサイルの発射」は見事に失敗し、サプライズを狙った「金正恩演説」の効果を台無しにした。そればかりか、対米交渉においても受身に立たされ、米国の圧力に対する「決定打」として計画していた「核実験」までも、国連安保理や中国などの反対もあり「留保」せざるを得ない状況となった。
 受身に立たされ、国内結束にひびが入った金正恩政権は、結束の手段として「李明博大統領攻撃」に的を絞り、想像を超える過激な非難を繰り返した。これは同時に4月の総選挙に対する選挙介入でもあり、年末の韓国大統領選挙に対する選挙介入である。

1、急いだ金正恩体制への移行作業

 金正日総書記の急死(2011・12・17)で注目されていた今年の「3紙共同社説」(労働新聞、朝鮮人民軍、青年前衛)「偉大な金正日同志の遺訓を奉じ、2012年を強盛復興の全盛期が開かれる誇りに満ちた勝利の年に輝かそう」は、金正日の偉大さと遺訓政治を強調し、強盛国家実現を呼びかけた。
 しかしその内容は、「遺訓」の強調だけが目立ちこれまでに見られない上滑りで貧弱なものであった。総論的主張に終始したため分析に値する具体的内容はほとんどなかった。今回のように何のビジョンも提示しない新年共同社説は極めて珍しい。指導部が金正日急死で慌てふためいた様子が伺える。
 金日成広場で行なわれた1月3日の「共同社説貫徹の決起集会」が、金正恩体制の出発点であった。雪の中で市民約10万人が動員され、高齢の崔永林首相や、平壌市の党責任書記を兼務する文景徳党書記などが出席した。「敬愛する金正恩同志を首班とする党中央委員会を死守しよう」「人民生活向上」といったスローガンが会場に登場した。集会後、参加者はスローガンや宣伝画を掲げ市内を行進した。

1)金正日の「遺訓」による世襲正当化と軍の支持確保

 この新年共同社説の最大の特徴は、見出しに「偉大な金正日同志の遺訓を奉じ・・・」とあるように、故金正日総書記の遺訓を重ねて強調しているところにある。「遺訓」という表現は計10回登場し、故金日成主席死亡後の最初の新年共同社説(1995年1月1日付)の4回を大きく上回った。しかし「遺訓」の具体的内容が何であるかは示されていない。
 そして「金正恩同志は永遠なる団結の中心」と主張するなど、「団結」という言葉を9回使用した。これも昨年の4回を2倍以上も上回る回数だ。金正日の遺訓と金正恩を中心とした団結の強調、これが今年の共同社説のすべてといっても過言ではない。
 この「遺訓」は、金正恩体制正式出発のための朝鮮労働党第4回代表者会と最高人民会議第12期第5回大会開催まで機会あるごとに繰り返し強調された。
 金正日「遺訓」の強調は、それまでの「後継者論」では「最高領導者金正恩」を正当化できないために、反対意見を封殺し、有無を言わせず「世襲後継」を正当化しようとする「最高領導者決定の新たな手法」といえる。
 「遺訓」が強調されていた間、金正恩は精力的に軍部隊を回り、軍の支持を取り付けることに専念した。軍の支持なくして「遺訓」が力を発揮しないと知っていたからである。

2)金正恩唯一領導体制の確立へ

 「朝鮮労働党第4回代表者会」、「「最高人民会議第12期第5回会議」で党規約と憲法を修正し、金正恩を「党第1書記」、「国防委員会第1委員長」に推戴した後は、「遺訓」強調はトーンを弱めた。プロパガンダの中心は、「金正恩領導体制確立」と「金正恩絶対化の強調」へと変化していった。これは権力継承段階が終わり権力基盤固めに移行したことを意味する。

 「金日成・金正日主義」による先軍路線の指導思想化

 金正日総書記死亡後、「遺訓」で「最高領導者」「最高司令官」に就任し、軍を中心に「現地指導(顔見世)」を行なっていた金正恩は、4月11日の「朝鮮労働党第4回代表者会」で党規約を改定して「朝鮮労働党第1書記」に推戴され、13日の「最高人民会議第12期第5回会議では、憲法を修正して新たに設けた「国防委員会第1委員長」職に推戴の方法で就いた。父親の金正日総書記は、金日成主席の例に倣って「永遠の総書記」「永遠の国防委員長」に祭り上げられた。あと金正恩第1書記に残された肩書きは「元帥」の称号だけだ。
 金正恩第1書記は党代表者会で規約を改定し、朝鮮労働党を「金日成の党」から「金日成・金正日の党」に改め、指導思想を「チュチェ思想」から「金日成―金正日主義」に変更した。これに基づき、直後にもたれた最高人民会議では、指導思想に格上げされた金正日の先軍路線を「法制化」し憲法に「核保有」を明記した。
 憲法では、「政治思想大国」、「軍事大国」を明記したものの、「経済大国」は明記できず、2012年に「強盛大国の大門を開く」としていた公約が実現できなかったことを認めざるを得なかった。

 指導力補強のため側近政治と協議体の結合

 金正恩は、その指導力不足と権力基盤の弱さから、金慶姫・張成沢による「後見人体制」を導入した。
 現在金正恩は、この「後見人体制」を軸にした「側近政治」と、有名無実化していた「協議体」としての「党常務委員会」や「党中央軍事委員会」を復活させ結合する「方式」で首領独裁政治を行なっている。しかしこれは「集団指導体制」ではない。「首領独裁体制」弱体化による「過渡的形態」として「首領独裁」である。
 それは党代表者会での人事に反映された。党第4回代表者会人事の特徴は、一言でいって張成沢人脈の拡張にある。張成沢はワンランク上がり政治局員となっただけだが、その位相は高まっている。この人事に対して一部の人たちは、張成沢の権限が崔龍海(チェ・リョンヘ62)の下になったたように受け止める向きがあるが、それは「公式序列」だけを重視する皮相的な見方である。張成沢の政治能力は、金慶姫との関係においても変化を見せ始めており、実務経験の少ない金慶姫の張成沢に対する依存度は増している。
 次に注目されるのが公式的権力序列における崔龍海(チェ・リョンヘ62)の大抜擢である。崔龍海は政治局常務委員に抜擢され、中央軍事委員会副委員長にもなった。すでに手にしていた次帥(4月10日)、軍総政治局長とあわせ強大な権限を手にして金正恩最側近の一人として登場した。1年7ヶ月前の党代表者会では、政治局候補委員、書記、大将の肩書きを得て大躍進と見られていたが、今回はそれを遥かに上回る大抜擢となった。
 張成沢は、崔龍海を自らが座るべきポジションにつけ、軍に対する党の影響力を拡大させ、「党主導の先軍政治」へと転換させようとしている。自らは大局的な立場から党、軍、政府の調整役に徹することがベストであると判断しているようだ。

 恐怖政治の強化―治安機関の側近登用

 最高人民会議での人事の特徴は、国防委員会に第1副委員長を置かなかったことと、人民武力部(金正覚)及び治安機関である国家保衛部(金元弘)と人民保安部(李明秀)に金正恩の側近を配したことである。
 このことは、脱北者の取り締まり強化で見られるように、恐怖政治の一段強化を意味する。金正恩の「裏の顔」がここで示されている。韓国統一部によると、今年1〜5月に韓国入りした北朝鮮脱出住民(脱北者)は610人で、前年同期比で42.6%減少した。月別の脱北者数は1月が160人、2月が90人、3月が116人、4月が107人、5月が137人となっている。

3)「金正恩唯一領導体制」強化のためのイメージ戦略

 3代世襲で北朝鮮権力を受け継いだ金正恩第一書記は、その活動スタイルで金正日との差別化をはかっている。そこでの特徴は、金日成の指導者像と金正日の路線および側近政治を組み合わせていることだ。これはある意味で金正日スタイルの「否定」につながるものである。しかし民心をつかむためにはやむ得ないと考えているのだろう。それとも「先軍路線」を堅持し金日成スタイルに似せているだけなのだから「金正日の否定」ではないと思っているかもしれない。
 しかし、その「現地指導」といわれるものは、金日成のそれとは似て非なるものだ。今年に入って5月31日までに80回あまり「視察」を行なっているが、「顔見世興行的」「遊覧式」視察となっている。最も緊要な経済部門にいたっては、激励程度のものがたったの3回である。こうした「現地指導」は、金正恩が真似ようとしている金日成式の「現地指導」とはかけ離れたものだ。金日成時代には、いま金正恩が行なっている「遊覧式指導」は、最もやってはいけない「方式」としてきつく戒められていた。

 偉大性の証―相次ぐ論文と談話の発表

 実績の乏しい金正恩の偉大性を宣伝するために、金正日時代には見られないスピードで論文と談話を公表している。
 4月からの談話と論文には次のようなものがある。
 ・金日成誕生100周年閲兵式式で演説[2012-04-15] 労働新聞4月16日掲載
 ・「偉大な金正日同志をわが党の永遠な総書記に高く奉じ主体革命偉業を輝やかしく完成して行こう」談話発表[2012-04-06] 労働新聞4月19日掲載
 ・「全党、全軍、全人民は国土管理総動員運動を全力で展開せよ」との談話を発表[2012-04-27]5月19日掲載
 ・「朝鮮少年団66周年での演説」[2012-06-06] 労働新聞6月7日掲載
 ・「偉大なる首領金日成同志はわが党と人民の永遠の首領である」[2012-04-20] 労働新聞6 月12日掲載
 こうした「談話」や「論文」は発表されると即「古典的労作」とされている。しかしそれらがどの程度「偉大性」の証として受け入れられているかは定かではない。北朝鮮内の一部大学生たちの中には「卒論」のレベルにもなっていないと囁いているとの情報もある。

 大衆性と親近感の演出

 軍掌握に注力する金正恩は、各部隊を訪れ「軍事指導」を行なう一方で、兵士たちと肩を組んで歩いたり、婦人たちに囲まれて笑顔を振りまくなど「慈悲深い軍の最高指導者」「人民の指導者」の演出にも精を出した。人民の支持を得ることなくしては軍に対する統帥権行使をスムーズに行使できないと教わっているからだろう。
 また1月30日に労働者からの手紙に「直筆」で返信したと2月3日に北朝鮮の朝鮮中央通信が報じた。これを皮切りに「直筆返信」はこれまで(5月末)5回に及んでいる。これも金正日時代にはない頻度である。そのほか、記念行事や現地視察のたびに記念写真の撮影を行なった。
 一方恩赦も実施した。1月10日の朝鮮中央通信によると、北朝鮮の最高人民会議常任委員会は5日付の政令で、金日成主席の誕生100周年と金正日総書記の生誕70周年に当たり、2月1日から大赦を実施すると発表した。対象は「罪を犯して有罪判決を受けた者」としているが、その具体的内容や人数などについては触れていない。
 その他、旧正月、金総書記誕生日、金主席100周年と3回に及ぶ臨時の配給も行なった。

 子供の活用

 北朝鮮の少年団結成(6・6節)66周年慶祝行事が6月3日から8日にかけ、全国の小・中学校の少年団2万名余りを集めて平壌で行われた。親近感と偉大性イメージを子供たちの中にも広め、将来的な政権基盤強化につなげようとするものであろう。
 また子供の心をつかむためか、「遊園地指導」に並々ならぬ力を入れた。この間、ルンラ遊園地開発現場、万景台遊園地、凱旋青年公園遊園地、中央動物園、リュギョン園と人民野外アイススケート場建設などを「視察」し、万景台遊園地では管理不足を叱責し、自ら草むしりまで行なった。
 これは6月6日の「朝鮮少年団66周年」に対応した一連の視察であったと思われるが、遊園地視察を報道させることで「親しみやすさ」を若年層にも広げ、効果的にアピールしたかった狙いもある。また子供からの人気を高めることで、大人たちを引き込む狙いもあっただろう。

4)出鼻をくじかれたミサイル(ロケット)発射失敗

 しかし、偉大性宣伝の中心に据えていた「長距離ミサイル(ロケット)発射」が失敗したことで、金正恩体制の船出は大きく傷ついた。
 政治経験の乏しい金正恩第1書記を速成で権威付けする「ミサイル発射戦術」は、4月13日の早朝見事に失敗し、金正恩体制の先行きに不吉な予兆を投げかけた。
 「金正恩同志の軍事、科学技術での卓越した見識が偉大性を体現している」。昨年12月の金総書記死去以降、新体制はこう国内外に宣伝してきた。まさに第1書記の偉大性を象徴するのがミサイル開発だった。
 北朝鮮の国営メディアは2009年のミサイル発射でも金第1書記が指揮所で発射に立ち会っていたと報道。共同通信によると、今回のミサイル発射前にも招待した外国人記者に指揮所長が「金正恩同志が一つ一つ指示を下さっている」と金第1書記の指揮を強調した。しかし世界の報道機関を前にして見事に失敗し、それをすぐさま発表せざるを得ないところまで追い詰められた。
 北朝鮮が「自立経済の象徴」(労働新聞)と称したミサイル発射に要した費用を、韓国政府は約8億5千万ドル(約690億円)と推定している。その内訳は、新設した発射場の建設に約4億ドル、長距離ミサイル・テポドン2の開発・改良に約3億ドル、初歩的な衛星の開発に約1.5億ドルがかかったと推定。柳佑益(リュ・ウイク)・統一相は同日、国会答弁で「北朝鮮の食糧不足の3年分に相当する金額だ」と述べた。
 韓国貿易投資振興公社(KOTRA)によれば、北朝鮮の年間輸出額(2010年)は15.1億ドル。今回の発射の経費は計算上、1年間の輸出で稼ぐ額の約56%に相当する。慢性的な食糧難やエネルギー不足に直面する中、年間輸出額の半分を超える膨大な投資が粉々となり海の藻屑に消えたことになる。
 また、韓国統一省によると、北朝鮮の11年の年間予算額は約57.3億ドル。今回のミサイル発射はこの約7分の1にもあたる額だ。
 ミサイル発射が成功していれば、その宣伝効果、米国に対する圧力、韓日に対する圧力、またミサイルビジネスにおいてはかり知れない効果を発揮したはずだ。使った費用の何倍もの見返りを得たはずだ。
 ミサイル発射失敗のの悪影響は、その後の北朝鮮国内政策と外交、対南政策に大きな損失をもたらし、金正恩体制に今もなお負の影響を与え続けている。

2、進まない経済再生−配給増の一方で餓死者続出

 今年の上半期中続いた「お祭り」で配給などが増え、生活の向上が一時的に見られたが、負担も増えた。また不思議なことに穀倉地帯の黄海道で餓死者が続出する状況となった。そればかりか、「知識産業革命」「自立的民族経済の証」として大々的に宣伝してきた「主体鉄」「主体繊維」「主体肥料」もどうやら「虚偽報告の産物」であったようだ。

1)配給増加で一時的安定

 デイリーNKによると、平壌の消息筋は「金正恩同志が国を指導するようになって国家供給が大幅に増えた」と話した。北朝鮮当局は1月の陰暦節(1.23)を迎え、北朝鮮全世帯に5日分の食糧を特別配給せよとの内部方針を出した。地域ごとに差はあるが最低3日分の食糧が一斉配給された。
 金正日の誕生日(2.16)を迎え、各市道の党幹部には「金正恩からの贈物」が与えられた。中国産南方果物と菓子などだった。一般住民には地域ごとに3〜5日分の食糧が「名節特別配給」の名で配られた。
 金日成生誕100周年(4.15)で特別配給は絶頂に達した。北朝鮮最大の名節にふさわしく、配給品目だけでも「15種類以上」だったという。金日成時代とは到底比較にならないが、金正日時代に比べれば驚くべき内容だった。もち米、大豆油、豚肉、砂糖、焼酎、魚、菓子、果物などが特別配給品目に含まれた。北朝鮮の市場価格で換算すれば4〜5万ウォン程度で、石鹸、靴下などの工業製品は伝票を発行し、区域別の国営商店で購入できるようにした。
 また「お祭り」期間、北朝鮮当局は市場に対する金正日式の無慈悲な統制の自制した。金正日死亡前の5年間は、食糧取引の禁止、価格下限制、商売の年齢制限、市場開放時間縮小、外貨使用摘発、韓国産製品取引禁止など、さまざまな市場統制政策を実施してきたが、金正恩執権から6ヶ月の間、北朝鮮の市場は最近10年を通し最も平穏な時期を過ごしている。もちろん昨年末、金正日死亡直後の約1週間は北朝鮮の全市場が公式的に閉鎖された。しかし、過去の慣行を超える統制は確認されていない。1月には「市場取引価格の国政価格化」と「外貨使用禁止」などの措置が公表されたが、これさえも2月以降からは有名無実となってしまった。
 結果的に市場での食糧価格と為替相場も安定した。昨年末、金正日死亡直前に5,000ウォン(kg)を突破した米価は、上半期を通して3,000ウォン台から小幅の変動を見せ、これによりドル為替相場もまた4千ウォン台(1$)からの騰落を繰り返した(デイリーNKより)。

2)一方で税外負担増える

 しかしこういった「お祭り」で特別配給が連発される一方、住民への税外負担増加という事態が起こっている。
 咸鏡北道の消息筋は「金正恩同志時代になって国家配給が多少は増えたが、百姓の負担も増えた」と評価した。
 今年上半期、北朝鮮の主要国策事業ごとに住民の税外負担が命じられたが、主要なものとしては ▲金正日追慕事業 ▲4月の金日成生誕100周年関連行事 ▲農業生産力増大運動 などに要約される。住民の税外負担増加は北朝鮮全域で共通して確認されているが、市道別の党委員会ごとに負担規模をそれぞれ算定したため、地域別割当量に違いがある。
 1月には金正日永生塔建設のために、全国の各協同農場の農民と工場企業所の労働者に対し、世帯当たり5百ウォン〜5千ウォンずつ、学生は1人当たり銅300〜600gずつ納付義務が課せられた。これとは別途、住民1人当たり10kgずつを金日成の誕生日(4.15)までに完納せよとの、屑鉄回収運動も行われた。屑鉄を完納できない場合、太陽節特別配給の対象から外れるとの条件付であった。このようにして集めれらた屑鉄で「女盟号」「青年号」という戦車を作り、4月の軍事パレードで披露した。
 現金の徴収も目に付く。昔から北朝鮮の住民税外負担は現物納付を基本とし、現物を準備できない場合は現金で徴収する方法をとってきた。しかし今年からは最初から現金で徴収するケースが大きく増えた。
 咸鏡北道茂山では4月の太陽節準備行事との名目で、環境美化及び芸術公演費用を住民に負担させ、世帯当たり2万ウォンずつ徴収した。咸鏡北道清津では朝鮮人民軍創建(4.25)80周年を迎え、軍部隊に援護物資を送るという名目で、世帯当たり1万ウォンずつ納付しなければならなかった。
 さらに年ごとに強調の度合いが強まっている「農業主攻戦線」スローガンにより、堆肥収集運動(1月)が今年も行われ、肥料難を解決するため農場員に対し「1人当たり化学肥料5kgずつ納付せよ」との指示(4月)も下された。
 そのほか5月22日から公式に発表された「農村支援戦闘総動員令」により、労働者、学生、都市住民の農村支援動員が全国規模で開始された。通常1ヶ月程度の農村支援戦闘だが、今年は深刻な干ばつの影響により田植えが遅れ、地域ごとに最低1ヶ月以上期間が延長された。北朝鮮当局はこれを「70日戦闘」と規定しているという。
 結果的に金正恩執権後、象徴的な国家配給は多少増加したが、住民の税外負担は大きく増加したことになる(デイリーNKより)。

3)穀倉地帯で干ばつと餓死者続出

 このような中で、穀倉地帯の黄海道で餓死者が続出するという理解しがたい事態が起こっている。北朝鮮の朝鮮中央通信は6月12日、黄海沿岸地域で4月末から深刻な干ばつが続いていると伝えた。
 4月末から6月末まで雨が全く降っていない地域は平壌市江南郡のほか、黄海南道・黄海北道・南浦市の一部地域など。また、平壌市と平安南道、黄海南道、黄海北道地域の4月末から現在までの降水量は1〜5ミリで、気象観測が始まって以来最低となった。平壌では105年来の低水準を記録したという。
 干ばつが続く原因については、東海岸とオホーツク海上空の高気圧の一部が中部地方を覆い、低気圧が中部地方を通過できないためとした。
 朝鮮労働党機関紙の労働新聞も同日、黄海南道と黄海北道で干ばつ被害を防ぐための「闘争」に力を注いでいると伝えた。
 韓国農村経済研究院のクォン・テジン専任研究委員は6月20日、「北朝鮮は深刻な日照りのために、今年のトウモロコシの収穫に大きな支障があるだろう」と述べた。9月ごろ収穫されるトウモロコシは翌年の食糧供給に回されるため、今年の食糧供給量とは関係がないが、ほかの穀物の価格上昇に影響を与えると説明した。
 北朝鮮はジャガイモや小麦、麦などの二毛作を行っているが、6月末から7月初めにかけて収穫される二毛作作物の収穫量が大幅に減る見通しだ。昨年11月に国連食糧農業機関(FAO)や国連世界食糧計画(WEP)は、北朝鮮の二毛作の作況が今年は例年を50万トンほど下回ると予測したが、クォン研究委員は、実際にはさらに8万6000トンほど少ないと予想した。
 FAOも、先月31日と4月1日に北朝鮮南西部の黄海道で実施した調査に基づき報告書を作成している。それによると、多くのトウモロコシが日照りに直撃され、6〜7月収穫のジャガイモや小麦、麦など早期栽培作物も水不足の影響を受けるとみられている。
 北朝鮮最大の穀倉地帯である黄海道と、平安道、平壌の農耕地帯で日照りの被害が最も大きいという(聯合ニュース2012/06/20)。

4)黄海道餓死者発生は政治システムが原因

 こうした中で韓国では黄海道の餓死者が2万人に達したとの報道がもたらされている。しかし、この原因は干ばつとは直接関係がないようである。餓死の直接的原因は別にあるというのだ。
 国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)は、北朝鮮の2011年の穀物収穫量について「前年に比べて8.5%増の550万トンに達する」と予想していた。穀物の種類ごとに前年と比べると、豆は60%、トウモロコシ11%、コメは2%増加したはずだという。ところが穀倉地帯であるはずの黄海道では、餓死者が続出している。これは常識では理解できない事態である。
 北朝鮮の内部事情に詳しい消息筋によると、昨年10月の時点で黄海道では、例年よりかなり多くの収穫があったという。ところが以前は住民が延命するのに必要なコメはある程度残されていたが、昨年は住民が隠していたものまで供出させられたという。今年4月の故・金日成(キム・イルソン)主席生誕100周年記念行事のための資金と軍糧米確保がその理由だった。また、同じ4月に北朝鮮は、長距離ミサイルを1発発射するのに8億5000万ドル(約670億円)もの巨費を使った。これは1900万人の住民を1年間食べさせることのできる額だ。
 北朝鮮の住民を餓死から救うには、北朝鮮の政治システムを民主化する以外に方法はないということだ。北朝鮮に肥料や食料をいくら援助しても、今のような独裁体制では住民の餓死を防ぐことは出来ないというのが結論だ。

5)北朝鮮自慢の「主体鉄」も失敗作 党幹部認める

 農村の疲弊だけではない。北朝鮮が先端技術の産物として宣伝してきた「主体鉄」が製品供給不足で、内部から失敗作だという評価を受けているようだ。韓国の対北朝鮮人権団体「良き友人」が27日に伝えた。
 「主体鉄」はコークスの代わりに無煙炭を使う。鉄鉱石、石灰石などと一緒に溶鉱炉に入れ、高純度の酸素を取り込み生産した鉄で、北朝鮮は「主体鉄生産が大々的に行われれば人民経済発展に莫大な利益をもたらす」と公言してきた。
 「良き友人」が運営する北朝鮮研究所のニュースレターによると、北朝鮮のある党幹部は「(期待していた)半分も生産できていない」とし、「党としても見過ごせず責任を問い、多くの技術者を捕まえた」と伝えた。
 また別の党幹部は、昨年小さな炉で主体鉄の生産実験に成功したが、「実際の大きさの炉では当然誤差が生じる」とし、そのため鉄を輸入に依存し平壌の10万戸住宅建設完工時期も見通しが立たないほど遅れていると話した。
 同ニュースレターは咸鏡南道・咸興の2・8ビナロン連合企業所と興南肥料連合企業所も期待した量の「主体繊維」と「主体肥料」を生産できず、供給が不足しているとした上で、北朝鮮の「自立的民族経済路線の三つの柱」は全てその役割を果たす気配がないと評価した(聯合ニュース2012/06/27)。

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 金正恩体制安定のために、北朝鮮は今年に入って3度にわたる「配給」を実施し「金正恩崇拝」を煽ってきた。しかしそれは穀倉地帯を犠牲にしたものであった。イベントと「配給増」によって、平壌での金正恩人気は高まっているが、黄海道での「餓死者」の続出は、その人気が遠からず剥げ落ちることを示唆している。国際社会と韓国からの援助が無ければ、50年来の干ばつは北朝鮮をいっそう窮地に追い込むだろう。
 また大々的に宣伝してきた自立的民族経済の成果である「主体鉄」「主体繊維」「主体肥料」もどうやら幹部の功名心にはやる「虚偽報告の産物」であったようだ。
 こうした北朝鮮の経済状況と対米外交の停滞、南北関係の悪化などを重ね合わせると、年末の韓国大統領選挙結果が金正恩政権の「命運」を左右するかもしれない。

以上

 
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