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金正恩体制出帆2ヶ月で見えてきたこと

北朝鮮研究室
2012.2.16

 昨年12月17日に金正日総書記が死亡し、三代世襲によって登場した金正恩体制出帆から2ヶ月が過ぎようとしている。10日間の「哀悼期間」が終わるとすぐさま(12月30日)最高司令官に推戴された金正恩副委員長は、軍を中心とした「現地指導活動」を開始した。
 これまで(2月8日現在)の17回の公開活動を見ると、軍訪問が10回、幹部養成機関の万景台革命学院が1回、人民軍楽団のコンサート鑑賞が1回、経済関連が1回、その他の公演の観覧が4回となっている。こうした「現地指導」では、笑顔を振りまきスキンシップに勤めている。金日成死後における金正日の対応とは間逆の行動である。そこには実力不足と経験不足をプロパガンダで埋めようとする姿が映し出されている。

1、プロパガンダは金日成式と金正日式の混合

 金正恩最高司令官(以下敬称略)誕生日の1月8日、昼12時から50分間放送された初の金正恩記録映画「白頭(ペクトゥ)の革命偉業を継承せよ」で偶像化の本格的プロパガンダが始まった。金正恩がタンクに乗ったり、ミグ機の操縦席に座ったりする姿も登場した。09年4月、北朝鮮が「人工衛星の打ち上げ」とする長距離弾道ミサイルの発射現場を参観する様子も放映され、彼が先軍政治の継承者であることも印象付けた。ラヂオプレス(RP)によれば、この記録映画は、約50分のうち5分の4がこうした軍関連の映像で占められたという。この映画では1日3、4時間しか眠らずに金日成軍事総合大学で勉強していたなどの宣伝もなされたが、それを裏付ける具体的根拠は何も示さなかった。
 金正恩偶像化宣伝の形式は金日成式と金正日式の混合スタイルだ。
 短く切ったヘアスタイルや黒のコートなどを着た外貌、 軍人・住民の手を握って抱きしめ、積極的に交流する金正恩の姿は、ムシロの上にに座って協同農場員らと歓談した金日成の若い頃の姿を連想させる。 サングラスで表情を隠して住民の接近を拒み、軍部隊・工場を決められた日程通りに回る金正日とは外見上は明らかに違う姿だ。スキンシップ形式は金日成、軍中心と「無声」は金正日式という混合形式のプロパガンダが進められている。
 だが金正恩式リーダーシップに老幹部たちは戸惑っているようだ。
 金正日のリーダーシップとは大きく変わった金正恩の公開活動に随行する人々の当惑した雰囲気は、朝鮮中央テレビを通しても伝わってくる。旧正月を迎えての1月24日、万景台(マンギョンデ)革命学院を訪れた金正恩と幹部らの姿がこれを端的に示した。
 幹部らが準備した公演観覧を勧めると、「子どもたちが休めないので公演観覧はしなくてもよい」と話し、学習用の大型朝鮮(韓)半島地形版を紹介すると、「これはだめなので、人民軍に話してきちんとしたものを作って送る」と語ったりした。 椅子に座ると、机の高さが合わないなどと叱責するようなジェスチャーも見せた。
 28歳の指導者の言葉を、手に息を吹きかけて温めながら手帳に書き込む70代の党・軍幹部の緊張した顔の表情が指導者との間のぎこちなさを物語っていた。粗末な食事を取る子供たちも映し出されたが、彼らも何か戸惑っているようであった。
 その一方で、カリスマ性不足のためか、金正恩の権威を傷つける些細な海外報道には敏感に反応している。
 たとえば朝鮮中央通信は1月21日、韓国メディアの北朝鮮関連報道を激しく批判する記事を二本立て続けに配信したが、この中ではインタビュー形式を取りながら「南朝鮮の『KBS』放送、『東亜日報』『朝鮮日報』をはじめ極右保守メディアが共和国の現実をわい曲したあげく、われわれの最高尊厳にまで触れる行為もためらわずにいる」と非難した。またKBSに対しては「直ちに打ち壊す」とまで攻撃し、インターネット新聞に過ぎない「デイリーNK」にまで罵詈雑言を浴びせ噛み付いた。

2、「若さが長所」などとする苦しいプロパガンダ

 北朝鮮当局は金正恩の経験不足を相当気にしているようだ。金正恩の最大の弱点とされる経験不足をカバーするために、労働新聞をはじめとする北朝鮮の主要メディアは、故金日成や故金正日の若い時代の活動を紹介しながら、若い年齢はむしろ長所だと主張し、若さは指導力において問題にならないという論理を展開している。その根拠としては、金正恩を「天才中の天才」「私たちの大将は物知り」、「2、3時間ほど眠れば十分」と称えたいう「金正日の発言」をあげた。
 1月28日付の論評では、「われわれの最高領導者、最高司令官同志は若い。金日成朝鮮をさらに輝かせる若い領導者を迎えたのは、わが民族にとってこれ以上ない幸運であり栄光」との主張を行なった。また、金正恩最高司令官は10代の時から「人工衛星」「核実験」を陣頭指揮していたとも強調。「若き指導者」に年齢はまったく問題にならないとアピールした。また労働新聞は万景台革命学院訪問記事で、28才の金正恩を「オボイ(父と母)」と呼称した。
 北朝鮮の対韓国窓口機関、祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」は2月5日、金正恩が16歳で祖父に当たる金日成主席に関する「大作」の論文を完成させたと称賛する記事を掲載した。しかしどのような論文かは明らかにしなかった。
 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)機関紙の朝鮮新報も、本国からの指示によって、同胞の反発を無視する形でこのプロパガンダに足並みをそろえた。2月6日の「人民に希望を抱かせる若い指導者」というタイトルの記事では、「朝鮮において指導者の若さは不安要素ではなく安心感の証」だと強弁した。同紙は「外国メディアは金正恩最高司令官が、後継者としての準備期間が短いと勝手に評価しているが、実際は正反対」との言い訳のような主張を行い、金正恩の統治力不安の指摘に敏感に反応した。
 結局、準備期間なしで同胞に対する金正恩偶像化のプロパガンダを展開せざるを得なくなり、昨年7月9日の中央委員会で金正恩後継公式化を一般同胞に内密にした苦労が水の泡となっている。
 こうした急ごしらえの偶像化作業を見て、朝鮮総連系の1・2世同胞(中央委員経験者を含む)たちは、その粗雑さにあきれ、「頭がおかしくなったのではないか」と嘆いている。見切りをつけた人たちは韓国籍への切り替えへと向かっている。

3、軍掌握と人民の指導者演出に必死の金正恩

 軍を掌握してこそ権力が維持できると教わってきた金正恩は、最高司令官就任後正月早々から陸、空、海軍及び特殊部隊の視察を行った。2月8日までの金正恩の「現地指導」は全17回であるが、そのうちの10回は軍に向けられた。
 軍視察は、「近衛ソウル柳京洙(リュギョンス)第105タンク師団」(1月1日)から始められた。故金総書記も2009年と10年には年頭最初の軍視察を同師団で行っているので、それを見習ってのことだと思われる。
 北朝鮮の宣伝文句によるとこの部隊は、「朝鮮戦争開戦から3日後に真っ先にソウルに突入。西大門刑務所を開放し、中央庁舎の最も高い位置に人民共和国旗を掲げた部隊」だという。 現在では韓国の主要都市や道路などを設定して仮想南侵訓練を繰り返している戦車部隊であり、首都防衛任務も果たす精鋭部隊でもある。北朝鮮は、故金正日が1960年8月25日に故金日成とともにこの部隊を訪問した日を「先軍領導開始日」としている。
 金正恩が初の視察活動の訪問先として同師団を選んだ背景には、こうした歴史的経緯を踏まえ、「先軍路線継承」を強調する狙いがある。
 そして1月18日には軍第169部隊を訪問した。この部隊は第11軍団に所属する特殊戦部隊で、別名「爆風軍団」とも呼ばれている精鋭部隊だ。この部隊は、デノミ失敗の混乱に揺れる中朝国境地帯の住民統制にも投入された。
 その後金正恩は、「呉仲洽7連隊(抗日パルチザン部隊)」の称号を受けた空軍第1017軍部隊も視察した(朝鮮中央通信1月31日報道)。金正恩は部隊の指揮所で飛行訓練を見学し、新たに製作された戦闘技術機材などを視察し、部隊の軍人会館や飛行士らの寝室や食堂、講義室などを見て回った。この視察では、滑走路に待機していたミグ29(北朝鮮では最新鋭)のコックピットに入り、機内や外の様子を詳しくチェックした。
 この視察過程で金正恩は、軍部隊員と腕を組む行為に続いて空軍部隊長ホ・リョンの妻の手まで握りしめる「スキンシップ政治」の演出まで行なった。ホ・リョンは過去に米国の偵察機を撃退し、北朝鮮軍人の間で英雄視されている人物だ。
 そして最近の2月6日には、海軍第597連合部隊の視察を行なったことも朝鮮中央通信は報じた。ここでは魚雷艇に自ら乗り込み「模範」を示したという。
 これで金正日は、陸、空、海軍、特殊部隊に対する顔見せ視察を終えたことになる。
 軍掌握に注力する一方で金正恩は、「人民の指導者」演出にも精を出している。人民の支持を得ることなくしては軍に対する統帥権行使をスムーズに行えないと教わっているからだろう。
 1月30日、金正恩は労働者からの手紙に「直筆」で返信したと、北朝鮮の朝鮮中央通信が2月3日に報じた。金正恩が労働者に手紙を送ったことが公開されたのは今回が初めてだ。過去故金正日総書記は労働者からの手紙に「直筆」で返信することがあった。こうした先例を踏襲することで「人民の指導者」を演出するねらいがあったと思われる。労働者らは金正恩宛ての手紙に、金総書記を失った悲痛な心情を吐露し、正恩氏の健康を願ったという。
 また、1月10日の朝鮮中央通信によると、北朝鮮の最高人民会議常任委員会は5日付の政令で、金日成主席の誕生100周年と金正日総書記の生誕70周年に当たり、2月1日から大赦を実施すると発表した。対象は「罪を犯して有罪判決を受けた者」としているが、人数などについては触れていない。
 政令は「主席と総書記の崇高な仁徳政治を代を継いで具現化していくのは朝鮮労働党と国家の確固たる意志」としており、大赦を人心掌握につなげる狙いがみられる。ラヂオプレス(RP)などによると、近年では2002年の金主席の生誕90周年や05年の党創建60周年に際し大赦が実施された例がある。
 その他わずかではあるが臨時の配給も行なわれているようだ。デイリーNKからは次のような情報がもたらされた。
 ピョンソン(平城)に居住する華僑のAさんは旧正月前に丹東に入り、配給について「われわれ(華僑)は対象外だったが、住民は米と雑穀を5:5で混ぜて配給を受けた」と語った。しかし「同じピョンソンでも地域によっては3日から5日分までバラつきがある。私の地域では3日分だった。これよりもひどい所は、雑穀に濡れたトウモロコシを混ぜたため、腐った物が配給された地域もあった」と述べた。
 こうした地域のばらつきは、事業所の懐具合の違いから来たものと考えられる。
 また、当局は穀物の他に魚も供給したという。Aさんは「これも金正恩同志の指示で供給したが、ハタハタ1匹を買うことができる2800ウォンの配給票が配られた」と話した。しかし、市場で新鮮なハタハタが3300ウォンで売られており、国営商店で購入する人は少なかったという(デイリーNK2012-01-25 14:17 )。
 こうした中で、北朝鮮が昨年中国から輸入した穀物が37万6431トンだったことが分かった。韓国農村経済研究院のクォン・テジン専任研究委員が2月1日、自身のブログに掲載した記事の中で明らかにした。これは2010年の31万3695トンより20.0%増加した量だ。輸入した食料の一部が人心掌握に利用されているものと考えられる。

4、微笑みとスキンシップの裏で住民統制を強化

 金正恩は、不測の事態を起こすまいと微笑みとスキンシップの裏で統制の強化を進めている。
 統制の強化はまず「外貨使用禁止令」として示された。
 咸鏡北道の消息筋は1月2日、デイリーNKとの通話で「上部から『遺訓を貫徹するため、ドルと人民元をはじめとする一切の外貨を取り締まり、流通させた場合は麻薬よりも厳重に処罰しろ』という指示が下ってきた」と伝えた。この消息筋は「金正日将軍様の遺訓なので徹底的に執行しろという雰囲気」だと説明した。この背景については、遺訓を貫徹するという名目で法機関(保衛部、保安署)が忠誠競争を行っているとの観測があるという。
 しかし、住民はワイロなどを活用しながらこの統制をかいくぐっている。北朝鮮市場では北朝鮮ウォンよりも外貨が幅を利かせており、卸売商人らは大部分を外貨で取引きしているからだ。
 次に中朝国境地帯での統制が一段と強化されていることだ。
 まず携帯電話に対する統制が強化された。

 金正日死亡の哀悼期間も、通話状態は以前と大きな変化はなかった。しかし、今年に入ってからは通話が途切れる現象が多発しているという。
 この原因として考えられるのは、当局による妨害電波だ。国家安全保衛部と人民保安部は、国境での取り締まりと国境都市の調査及び強力な妨害電波よって、携帯電話での通話を発信元から遮断しているという。防諜要員らは2~3人が一組となって検出機械を携帯しながら巡回しており、電波が検出された場合には家宅捜索を行い、通話が摘発された場合には、最悪政治犯収容所送りになるという。
 ここでも金正恩に対する忠誠競争が関係しているらしい。両江道の消息筋は「新年に入って、保衛部と保安署が脱北者の索出を行う為に潜伏捜査を行なっており、国境地域が殺伐としている」と述べた。現在外部と通話を行う住民らは、国家安全保衛部の防諜局の電波探知を避ける為に、約束した時間にだけ携帯電話の電源をつけている(デイリー2012-01-03 16:17 )。
 脱北者に対する統制も一段と強化された。最近脱北の男子3人が、中朝国境で無差別射殺されたとの情報も伝えられている。
 北朝鮮人権問題に携わる「被拉脱北人権連帯」の都希侖(ト・ヒユン)代表は2月2日、「昨年12月31日の午後5時頃、両江道・恵山(ヤンガンド・ヘサン)で中国に向って鴨緑江(アプロッカン)を渡っていた北朝鮮人男性3人が追っかけていた国境守備隊の銃撃を受け、その場で死亡した」と明らかにした。都代表は、この事実を中国の長白県の消息筋から確認したと話した。
 そして国境地域統制強化のため、北朝鮮当局は最近、中朝国境地帯に監視カメラを大幅に増設した。
 第3は「国定価格を厳守せよ」との市場統制の強化だ。
 内部消息筋が6日に伝えたてきた情報によると、北朝鮮当局によって「市場での商品販売を国定価格で行うよう監視強化しろ」との指示が地域の商業管理所に下されたことが分かった。
 新義州の消息筋はデイリーNK記者に対して「新年から物品を国定価格に合わせて売るようにという伝達が下され、市場管理員と商人の間で再び摩擦が生じている。毎年繰り返されてきた取り締まりだが、今年は取り締まった物品を国定価格で没収し、国営商店に渡している」と伝えた(以前は、国定価格は単に象徴的なものとして守られず、保安員らも積極的な取り締まりを行っていなかった。没収されても、金を少し渡せばそのまま物品を返してくれた)。
 また「このようにして取り締まりにあった人々は、1ヶ月間の営業禁止処分を受ける為、商人らは慎重な反応を見せている」と説明した。商人たちは、市場管理所の監督員が現れると国定価格で売っている素振りを見せ、彼らが通り過ぎてから再び客と値段交渉するといった方法で取り締まりを避けているという(デイリー2012-02-06 17:14)。

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 金正恩体制2ヶ月で見えてくるのは、体制安定をあせっている姿だ。そのため宣伝の浅さが目に付く。突発的事態が起こらなかったことから「安定的に推移している」と見る専門家もいるが、それは水面に浮かぶアヒルを見ているようなもので、水面下での必死の足かきを見逃している。
 10日間の哀悼期間が明けるや否や、笑顔を振りまき現地指導する金正恩の行動は、まかり間違えば「親不孝者」とのそしりを受けかねない。それでもあえてそれを行なわざるを得ないのが現在における金正恩権力の苦しさだ。権力が安定的であれば金正日がやったように、じっくりと水面下で自身の人脈構築を行なっているはずだ。当面は北朝鮮動向を詳細に分析する必要がありそうだ。


以上

 
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